私たちの身体は、脳からの指令が脊髄という太い神経の束を通り、全身へと張り巡らされた神経によって、その機能が支えられています。脊髄から分岐した神経は、各椎体のレベルで主に前枝(ぜんし)と後枝(こうし)に分かれ、筋肉、内臓、そして皮膚へと分布し、それぞれの役割を担っています。
当院では、この解剖生理学的な神経の仕組みに基づき、お一人おひとりの状態に合わせた施術を行っています。神経がどこを通り、どのような働きをしているのか、そしてどの領域の感覚を司っているのかを正確に把握することが、的確な施術に繋がるからです。
もちろん、施術を行う医療従事者は、国家資格を持つ専門家としてこれらの知識を熟知しているのは当然のことです。しかし、施術を受けられる皆様も、ご自身の身体が神経によって細かく調整されているということを、少しでもご理解いただくことは、よりご自身の身体への意識を高め、健康維持に繋がる上で非常に大切だと考えています。

頸神経の前枝の分布
頸部には多くの重要な神経が走行しており、それぞれが特定の役割を担っています。以下の表では、主な頸神経とその支配領域、損傷時の症状をまとめました。
神経名 | 神経支配する筋肉 | 支配する感覚領域 | 損傷時の症状 |
---|---|---|---|
大後頭神経 (C2) | 半棘筋(頭板状筋、頭半棘筋)の一部(わずか) | 後頭部・頭頂部 | 後頭部のしびれ、感覚低下 |
小後頭神経 (C2–C3) | なし | 耳介の後方、側頭部 | 側頭部や耳後方のしびれ |
大耳介神経 (C2–C3) | なし | 耳介、耳下部、下顎部 | 耳周囲のしびれ |
頚横神経 (C2–C3) | なし | 前頚部(首の前側) | 前頚部のしびれ |
鎖骨上神経 (C3–C4) | なし | 鎖骨上部、肩の上部 | 鎖骨周囲や肩上部の感覚低下 |
頚神経ワナ (C1–C2(上根)、C2–C3(下根)) | 肩甲舌骨筋、胸骨舌骨筋、胸骨甲状筋 | なし | 舌骨下筋の筋力低下、嚥下困難 |
横隔神経 (主にC4、C3–C5由来) | 横隔膜 | 横隔膜、胸膜の一部、心膜の一部 | 呼吸困難、しゃっくりの異常 |
頸神経の前枝(ぜんし)の特徴
頸神経前枝の重要なポイント:
- 頸神経叢の形成: 頸神経の最初の4つ(C1~C4)の前枝は、複雑に連絡し合い**頸神経叢(けいしんけいそう)**を形成します。この神経叢から、以下のような重要な神経が分岐します。
- 横隔神経: 主に呼吸に不可欠な横隔膜を支配します。
- 頚神経ワナ: 舌骨周囲の筋肉を支配し、嚥下や発声に関わります。
- 感覚神経: 首の前側面や耳の周辺の皮膚の感覚を伝える神経(小後頭神経、大耳介神経、頚横神経、鎖骨上神経)が分岐します。
- 腕神経叢への寄与: 第5頸神経(C5)以下の前枝は、下位の頸神経や第1胸神経の前枝とともに**腕神経叢(わんしんけいそう)**を形成し、肩から手にかけての運動と感覚を支配する主要な神経の束となります。
- 広い分布領域: 頸部においては、皮膚や首の前面・側面の筋肉、そして肩や腕へと広がる神経の源となります。
- 運動と感覚の支配: 首や肩、腕の筋肉を動かす指令を伝え、これらの領域の皮膚の感覚を脳に伝えます。
- 自律神経系との関連: 一部の枝は、自律神経系の働きにも間接的に関与しています。
舌骨周囲筋を支配する短い神経とその影響
頸神経叢からは、舌の付け根にある骨(舌骨)周辺の筋肉を支配する、比較的短い神経もいくつか分岐しています。これらの神経は、嚥下(飲み込むこと)など、日常生活に重要な機能に関わっています。
神経名 | 神経支配する筋肉 | 支配する感覚領域 | 損傷時の症状 |
---|---|---|---|
肩甲舌骨神経 (C1–C3) | 肩甲舌骨筋 | なし | 舌骨下筋群の機能低下 |
胸骨舌骨神経 (C1–C3) | 胸骨舌骨筋 | なし | 嚥下障害 |
甲状舌骨神経 (C1) | 甲状舌骨筋 | なし | 舌骨の安定性低下 |
頸神経C5~C7の後枝の分布
頸神経の後枝(こうし)は、主に首の後ろ側の筋肉や皮膚の感覚を支配しています。以下に、C5~C7の後枝の分布を示します。
脊髄レベル | 神経名 | 支配する筋肉 | 支配する感覚領域 |
---|---|---|---|
C1 | 後頭下神経 | 後頭下筋群(大後頭直筋、小後頭直筋、上頭斜筋、下頭斜筋) | 皮膚枝は持たないか、あってもごく小さい |
C2 | 大後頭神経 | 頭半棘筋 | 後頭部から頭頂部にかけての皮膚 |
C3 | 第三後頭神経 | 頭板状筋、頭半棘筋 | 上項線より下の後頭部の皮膚 |
C4 | C4後枝 | 頭板状筋、頭半棘筋、僧帽筋の一部 | 項部の皮膚、場合によっては肩上部の皮膚 |
C5 | C5後枝 | 菱形筋(小菱形筋、大菱形筋)、肩甲挙筋、頸板状筋、頸半棘筋 | 肩甲骨内縁の皮膚 |
C6 | C6後枝 | 菱形筋(大菱形筋)、頸板状筋、頸半棘筋 | 肩甲骨内縁の皮膚(C5よりやや下方) |
C7 | C7後枝 | 菱形筋(大菱形筋)、頸板状筋、頸半棘筋、僧帽筋(上部・中部線維の一部) | 肩甲骨内縁の皮膚(C6より下方) |
後枝(こうし)の特徴
脊髄神経の後枝は、前枝に比べて細いのが特徴で、主に体の後ろ側に分布しています。頸神経の後枝は、首の後ろ側の筋肉や皮膚の感覚を支配しており、以下のような特徴があります。
頸神経後枝の主なポイント:
- 分節性の分布(デルマトーム): 各頸神経の後枝は、特定の皮膚領域(デルマトーム)の感覚を支配しています。例えば、C2の後枝である大後頭神経は後頭部から頭頂部の皮膚の感覚を、C3の後枝である第三大後頭神経は上項線より下の後頭部の皮膚の感覚を伝えます。
- 背部の固有背筋の支配: 頸部の後枝は、首の後ろ側の深層にある固有背筋(後頭下筋群、頭半棘筋、頸板状筋など)を支配します。これらの筋肉は、頭部の微細な動きや姿勢の維持に重要な役割を果たします。
- 感覚神経の走行: 皮膚の感覚を伝える神経は、筋肉の間や表面を通って脳へと情報を伝えます。
- 神経叢を形成しない: 前枝とは異なり、大きな神経叢を形成することはありません。
臨床的な重要性: 頸神経後枝の損傷や圧迫は、後頭部痛、首の痛み、肩こり、関連痛などを引き起こすことがあります。
今回のブログでは、頚神経の構成と、そこから枝分かれする前枝・後枝の基本的な働きや支配領域について解説しました。神経は、私たちの身体がスムーズに機能するために欠かせない、非常に重要なネットワークです。首や肩の痛み、痺れなどでお困りの方は、お気軽にご相談ください。