あなたは、なぜストレッチをしますか?
- 「お風呂上がりに身体を柔らかくするため」
- 「運動前のケガの予防に」
- 「一日の終わりに、リラックスしたくて」
おそらく、あなたがストレッチと聞いて思い浮かべるのは、このような目的ではないでしょうか。
これらは、どれも間違いではありません。しかし、もしそのすべての目的が、身体を本当に変えるための、たった一つの”本質”を見過ごしているとしたら、どうでしょう?
「結果」だけを見るのではなく、「根本原因」に目を向けることが重要です。 そして、身体の根本を変えるために、まず私たちが取り組むべきなのは、ストレッチという行為そのものの『目的』を、正しく設定し直すことなのです。
この章では、あなたのストレッチへの認識を、根底から覆していきます。
多くの人が陥る罠。「柔軟性」という幻想
- 「とにかく開脚でベターッと開きたい」
- 「前屈でつま先に手が届けば、身体が柔らかい証拠だ」
あなたも、このような「静的な可動域」こそが、柔軟性のゴールだと信じてはいませんか? 実は、その考え方こそが、多くの方が陥る危険な罠なのです。
想像してみてください。 古くなって、硬化した一本の輪ゴムを。
そのゴムを、無理やり力ずくで引き伸ばそうとしたらどうなるでしょうか。 もしかしたら、ある程度は伸びるかもしれません。しかし、そのゴムはしなやかさを失い、非常に切れやすい、もろい状態になっています。ほんの少しの衝撃で、あっけなく「パチン」と切れてしまうでしょう。
あなたの筋肉も、これと全く同じです。
ただ闇雲に「伸ばす」ことだけを追い求めた筋肉は、弾力性を失い、ケガのリスクを増大させます。 さらに、無理なストレッチは、良い筋肉まで無理に引き伸ばしてしまいます。
本当のゴールは「弾力性」。あらゆるパフォーマンスの源泉へ
では、ただ闇雲に伸ばすことがゴールではないとしたら、私たちは一体何を目指すべきなのでしょうか。
私たちが目指すのは、ただ伸びるだけの古いゴムではありません。 伸びて、そして力強く元に戻ることができる、新品のゴムのような『弾力性』です。

この「弾力性」こそが、ストレッチの本当のゴールであり、身体のパフォーマンスを最大限に引き出す唯一の鍵なのです。
なぜなら、スピード、パワー、敏捷性、そして本当の意味での柔軟性、そのすべてが、この「弾力性」から生まれるからです。
ここで、私たちが定義する「良い筋肉」と「悪い筋肉」についてお話しします。
「良い筋肉」と「悪い筋肉」とは何か?

では、筋肉の「質」とは、一体何でしょうか。 筋肉には、大きく分けて2つの状態があります。
- 良い筋肉(良質な筋線維): 十分な弾力性があり、血流も豊富で、エネルギーに満ち溢れた、しなやかな状態。伸びるだけでなく、瞬時に元に戻る力を持っています。
- 悪い筋肉(悪質な筋線維): 弾力性を失い、血行も悪く、エネルギーが停滞し、元に戻る力がない。無理に伸ばそうとすると、簡単に切れてしまう、もろい状態です。
肉離れなどのケガは、まさにこの「悪い筋肉」の繊維が、負荷に耐えきれずに切れてしまうことで起こります。あなたのストレッチの目的は、今日から変わります。 目指すのは、静的な柔軟性ではありません。あらゆるパフォーマンスの源泉となる、躍動感あふれる、この「弾力性」なのです。
あなたの常識を覆す、ストレッチの「2つの意味」
では、どうすれば失われた「弾力性」を取り戻せるのでしょうか。 その答えを知るために、あなたの常識を根底から覆す、最も重要な話をします。 当院では、「ストレッチ」という言葉を、全く異なる2つの意味で使い分けています。。
- 狭義のストレッチ(伸ばすストレッチ): これは、多くの方がイメージする通り、特定の筋肉に**「伸び」を感じる行為そのもの**を指します。
- 広義のストレッチ(再生のプロセス): これは、より本質的な概念です。「正しい伸張運動によって、弾力性を失った悪質な筋線維が微細に断裂し、より良質な筋線維へと再生していくプロセス全体」を指します。
世の中のほとんどの情報が「狭義のストレッチ」、つまり「気持ちよく伸ばすこと」しか教えてくれないのは、それが一番分かりやすく、単純化された思い込みが広く浸透してしまっているからです。 しかし、その「気持ちよさ」だけを信じると、非常に危険です。間違った方法でただ闇雲に筋肉を引き伸ばし続ければ、筋肉の「質」はかえって低下してしまうのです。
ストレッチの本当の効果:それは「破壊」から始まる
では、「正しいストレッチ」を行うと、身体にはどのような変化が起きるのでしょうか。それは、単に筋肉が気持ちよく伸びるのとは違う、より本質的なプロセスです。
弾力性を失った「悪質な筋線維」は、非常にもろく、正しいストレッチによる伸張運動にさえ耐えられずに、微細に断裂します。 この時、あなたは「痛み」を感じるかもしれません。しかし、これこそが治癒への第一歩なのです。
この「痛み」というサインによって、脳は「ここに問題がある」と初めて認知し、その部分を修復するための指令を出します。 この「微細な損傷と再生」の過程で血行が促進され、悪質な筋線維は取り除かれ、新しく、しなやかでエネルギーに満ちた「良質な筋線維」が作られていきます。
筋線維一本一本が、この「弾力性(元に戻る力)」を取り戻すことで、筋肉全体が、本来のしなやかさを回復するのです。
まとめ:ストレッチの目的を変えれば、身体は変わり始める
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。 この章で、あなたのストレッチに対する認識は、大きく変わったはずです。
ストレッチの本質とは、
- 自分の身体の状態(どこが硬く、弾力性を失っているか)を、「痛み」を通じて正しく知ること。
- その「気づき」を脳に与えることで、治癒のスイッチを入れること。
- その結果として、筋線維の「質」を高め、「弾力性」を取り戻すこと。
目的が変われば、やり方も、身体の感じ方も、全てが変わってきます。
では、なぜその「弾力性」が、ケガの予防やパフォーマンス向上にこれほどまでに直結するのでしょうか。 次章では、その驚くべきメカニズム、身体と脳の対話について、さらに深く解き明かしていきます。
[→続きを読む:【第2章】なぜ「弾力性」が心と身体を回復させるのか?]