「肘に違和感があるが、まだケガとは認めたくない」
そう感じて、ネットで見よう見まねのストレッチを始めた選手ほど、皮肉にも症状を悪化させて来院するケースが後を絶ちません。
一般的に「ケア」と呼ばれる行為が、実は「組織の破壊」に繋がっているとしたら? 今回は、ある高校球児の症例を通して、「良かれと思ってやっていたセルフケア」が肘を壊していたという、恐ろしい事実(盲点)を共有します。
投球フォームを議論する「以前」の問題
野球肘の話になると、決まって「投げ方が悪い」「肘が下がっている」というフォーム論が始まります。 しかし、臨床の現場に立っていると、それ以前の段階で既に身体が破綻しているケースがほとんどです。
車で例えるなら、タイヤがパンクしているのに「ハンドルの切り方が悪い」と議論しているようなものです。 可動域が物理的に低下している状態で、どんなに綺麗なフォームを意識しても、身体は必ず**「代償動作(他でかばう動き)」**を行い、最終的に一番弱い関節(肘)を壊します。
では、なぜ可動域が低下するのか? その犯人は、意外なところに潜んでいました。
Clinical File:ある高校生投手の誤算
先日来院された、遠方の高校に通う野球部の学生のケースです。 主訴は「肘の内側の違和感」。痛みで投げられないほどではないが、ずっと何かが引っかかっている、という状態でした。
問診と姿勢分析を行うと、確かに「肩の可動域」に異常が見られます。 しかし、私の経験上、これは「結果」であって「原因」ではありませんでした。
探偵のように身体の連動を辿っていくと、真犯人は**「手首」**にありました。 手首が硬すぎて、投球時のスナップ動作を肘が無理やり負担していたのです。
「手首のケア、どうやってる?」 私がそう尋ねると、彼は自信満々に答えました。 「毎日、壁や床に手を押し付けて、前腕をグイーッと伸ばしています」
……これこそが、肘が治らない最大の原因でした。
「ストレッチ=善」という危険な思い込み
ここからは、皆さんの常識を少し疑って(Unlearnして)いただきます。
筋肉や腱は、ゴムのような性質を持っています。 柔軟性のあるゴムなら伸び縮みしますが、「硬く結ばれて劣化したゴム」を無理やり引っ張ったらどうなるでしょうか?
伸びるのではなく、「千切れる(微細断裂)」のです。
この選手の場合、疲労で硬くなりきった前腕の筋肉を、体重をかけて無理やりストレッチしていました。 その結果、筋肉と腱の移行部で「微細な肉離れ」が繰り返し発生。 治ろうとする組織を、自らのケアで再び引き裂く。この悪循環によって組織が石灰化のように硬くなり(硬結)、あの「取れない違和感」を生んでいたのです。
良かれと思ったケアが、実は「自傷行為」になっていた。 これが、ネットの情報を鵜呑みにしたセルフケアの恐ろしさです。
解決策:原因を「一点突破」で解除する
原因さえ分かれば、あとは物理的に解決するだけです。 遠方で通院回数が限られるため、当院では高出力の「近赤外線治療器」を使用し、深層の硬結を狙い撃ちで緩めました。
同時に、肘とは離れた「胸筋」の連動不全も解除。 その場で可動域は劇的に改善し、肘の違和感も消失しました。
しかし、最も重要な治療は、彼に「あのストレッチはもうやめること」を約束させたことです。
結論:限られた選手生命を守るために
高校野球の実質的な活動期間は、わずか2年半しかありません。 その貴重な時間を、間違った情報や自己流のケアで棒に振るのはあまりに惜しいことです。
「有名だから」「口コミが多いから」ではなく、「身体の構造を物理的に理解しているか」。 もし違和感が3日以上続くなら、プロフェッショナルな「眼」を持つ専門家を頼ってください。 その違和感の正体は、フォームの崩れではなく、あなたのケアそのものかもしれません。
