高校野球の現場でよく耳にする「肩が抜ける」という感覚。 もしこの違和感を覚えたなら、患部である肩だけを見ていては手遅れになります。
一般的に、病院では上腕二頭筋腱の炎症や腱板損傷を疑い、MRIなどの画像診断を優先するでしょう。 しかし、当院ではそれよりも前に「神経」を疑います。
投げた瞬間に激痛が走り、明らかに脱臼のような症状が出たなら、それは「ケガ」として患部を処置すべきです。 ですが、決定的な崩壊が起きる前には、必ず「小さな違和感」という予兆があったはずです。その予兆の正体を見抜くには、画像ではなく、徹底的な「可動域検査」が不可欠です。
驚くべきことに、多くの医療機関ではこの基本的な可動域検査を軽視し、画像だけで確定診断を下すケースが散見されます。 たとえそれが権威ある専門医の診断であったとしても、患者の体に触れ、動きを確認しない診断には大きなリスクが潜んでいると、私は考えます。
また、「投げすぎ(オーバーユース)」という言葉にも注意が必要です。
残酷な現実ですが、いくら投げてもケガをしない選手と、制限内で投げてもすぐに壊れる選手がいます。 この差がある以上、「投げすぎ」だけを原因にするのは思考停止に他なりません。 本来、人間の身体は、自然な理にかなった動きをしていれば、いくら投げても壊れないようにできています。それが「自然な状態」です。
昨今、その強い身体を作るために「科学的トレーニング」を取り入れる高校生が増えました。 しかし、私はあえて提言します。高校を卒業するまでは、過度な科学的トレーニングは基本的に不要です。
必要なのは、数値を追う科学的な視点ではなく、重力や骨格に従う「物理的・自然な視点」です。
例えば、可動域が低下していることに気づかず、「投げるには大胸筋が必要だ」という情報を鵜呑みにして筋トレに励んだらどうなるでしょうか? ただでさえ硬い関節を、鎧のような筋肉でさらに固めることになります。
物理的に可動域が死んだ状態で出力を上げれば、そのエネルギーは弱い関節を破壊する力に変わります。 こうして作られた「不自然な身体」は、ほぼ100%の確率でケガを引き起こし、将来の可能性を摘み取ってしまうのです。
科学的なアプローチをする前に、まずはマイナスになっている可動域を「ゼロ(自然)」に戻すこと。 そのナチュラルな状態で、柔軟性のある筋肉をまとって初めて、野球というスポーツの本質を楽しむ土台が出来上がります。
冒頭で触れた「抜ける感覚」の正体も、多くはこの不自然な身体作りが招いた結果です。 無理な筋肉の緊張によって肩関節が常に前方へ変位し、検査をすると肩を外旋(外に開く動き)ができず、常に内旋位(内巻き)で固まっている選手が非常に多いのです。
そして、その内旋位を引き起こしている黒幕こそが、「頸部の神経」であるケースが多々あります。 首の神経が摩耗し、伝達異常が起きることで、防御反応として肩が内側へ巻き込まれてしまうのです。
フォームを気にする前に、筋肉を大きくする前に、自分の身体が「自然」であるかどうか。 あなたは、機能美を備えた長く投げられる選手になりたいですか? それとも、見た目の筋肉だけで終わる選手になりたいですか?
